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かつしかみやげ
荷風随筆集(上)
永井 荷風
Read 荷風随筆集(上) (かつしかみやげ) by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 133,224 characters · 269 screens
然るに震災の後、いつからともなく鐘の音は、むかし覚えたことのない響を伝えて来るようになった。昨日聞いた時のように、今日もまた聞きたいものと、それとなく心待ちに待ちかまえるような事さえあるようになって来たのである。
鐘は昼夜を問わず、時の来るごとに撞きだされるのは言うまでもない。しかし車の響、風の音、人の声、ラヂオ、飛行機、蓄音器、さまざまの物音に遮られて、滅多にわたくしの耳には達しない。
わたくしの家は崖の上に立っている。裏窓から西北の方に山王と氷川の森が見えるので、冬の中西北の富士おろしが吹きつづくと、崖の竹藪や庭の樹が物すごく騒ぎ立てる。窓の戸のみならず家屋を揺り動すこともある。季節と共に風の向も変って、春から夏になると、鄰近処の家の戸や窓があけ放されるので、東南から吹いて来る風につれ、四方に湧起るラヂオの響は、朝早くから夜も初更に至る頃まで、わたくしの家を包囲する。これがために鐘の声は一時全く忘れられてしまったようになるが、する中に、また突然何かの拍子にわたくしを驚すのである。
この年月の経験で、鐘の声が最もわたくしを喜ばすのは、二、三日荒れに荒れた木枯しが、短い冬の日のあわただしく暮れると共に、ぱったり吹きやんで、寒い夜が一層寒く、一層静になったように思われる時、つけたばかりの燈火の下に、独り