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かつしかみやげ
荷風随筆集(上)
永井 荷風
Read 荷風随筆集(上) (かつしかみやげ) by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 133,224 characters · 269 screens
わたくしは東京の附近にこんな人跡の絶えた処があるのかと怪しみながら、乗合いの蜆売に問うてここに始めて放水路の水が中川の旧流を合せ、近く海に入ることを説き聞かされた。しかしその時には船堀や葛西村の長橋もまだ目にとまらなかった。
わたくしの頽廃した健康と、日々の雑務とは、その後十余年、重ねてこの水郷に遊ぶことを妨げていたが、昭和改元の後、五年の冬さえまた早く尽きようとするころであった。或日、深川の町はずれを処定めず、やがて扇橋のあたりから釜屋堀の岸づたいに歩みを運ぶ中、わたくしはふと路傍の朽廃した小祠の前に一片の断碑を見た。碑には女木塚として、その下に、
秋に添て行ばや末は小松川 芭蕉翁
と刻してあった。わたくしはこれを読むと共に、俄にその言うがごとく、秋のながれに添うて小松川まで歩いて見ようと思い、堀割の岸づたいに、道の行くがまま歩みつづけると、忽ち崩れかかった倉庫の立並ぶ空地の一隅に、中川大橋となした木の橋のかかっているのに出会った。
わたくしは小名木川の堀割が中川らしい河の流れに合するのを知ったが、それと共に、対岸には高い堤防が立っていて、城塞のような石造の水門が築かれ、その扉はいかにも堅固な鉄板を以って造られ、太い鎖の垂れ下っているのを見た。