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ぐびじんそう
虞美人草
Read 虞美人草 (ぐびじんそう) by Natsume Sōseki (夏目 漱石) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 198,559 characters · 401 screens
行く路の杉に逼って、暗きより洩るるがごとく這い出ずる日影蔓の、足に纏わるほどに繁きを越せば、引かれたる蔓の長きを伝わって、手も届かぬに、朽ちかかる歯朶の、風なき昼をふらふらと揺く。
「ここだ、ここだ」
と宗近君が急に頭の上で天狗のような声を出す。朽草の土となるまで積み古るしたる上を、踏めば深靴を隠すほどに踏み答えもなきに、甲野さんはようやくの思で、蝙蝠傘を力に、天狗の座まで、登って行く。
「善哉善哉、われ汝を待つ事ここに久しだ。全体何をぐずぐずしていたのだ」
甲野さんはただああと云ったばかりで、いきなり蝙蝠傘を放り出すと、その上へどさりと尻持を突いた。
「また反吐か、反吐を吐く前に、ちょっとあの景色を見なさい。あれを見るとせっかくの反吐も残念ながら収まっちまう」
と例の桜の杖で、杉の間を指す。天を封ずる老幹の亭々と行儀よく並ぶ隙間に、的と近江の湖が光った。
「なるほど」と甲野さんは眸を凝らす。
鏡を延べたとばかりでは飽き足らぬ。琵琶の銘ある鏡の明かなるを忌んで、叡山の天狗共が、宵に偸んだ神酒の酔に乗じて、曇れる気息を一面に吹き掛けたように――光るものの底に沈んだ上には、野と山にはびこる陽炎を巨人の絵の具皿にあつめて、ただ一刷に抹り付けた、瀲たる春色が、十里のほかに糢糊と棚引いている。