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ようきょくこくびゃくだん

謡曲黒白談

夢野 久作

Read 謡曲黒白談 (ようきょくこくびゃくだん) by 夢野 久作 (ゆめのきゅうさく) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 4,288 characters · 9 screens

Aozora Bunko

「ああ、久し振りで面白かった。死んだ祖父様が生きて御座ったらなあ。それでは今度は富士太鼓を一ッつ何卒」

と云った。自分はとうとう死に物狂いの体で今一番富士太鼓を謡って、伯父伯母が帰らぬ内に這々の体で退却した。

そうして聴き手を択むべきものだと、この時つくづく感じた事であった。

夢中運動の事

電車の中なぞでよく見受けるが、分別盛り以上の年輩で一廉の服装をして髯なぞを生やしている人が、夢を見るような眼付で天の一方を睨みつつ、お経の化け物見たいな声を高く低く出しながら、手や足を痙攣的に動かして拍子を取っている御仁がある。知らぬものは一寸驚くが、これは狐付きでも何でもない。謡曲の第三期中毒者で、些しも危険の恐れのない発作症状を今現わしているところなのである。謡曲中毒もここまで来ると既に病膏肓に入ったというもので、頓服的忠告や注射的批難位では中々治るものでない。丁度モルヒネだの阿片の中毒と同じで、止めようと思ってもガタンガタンが四楽に聞こえ、ゴドンゴドンが地謡いに聞こえて、唇自ずからふるえ、手足自ずから動き、遂に身心は恍惚として脱落し去って、露西亜で革命党が爆裂弾を投げようが、日本で政府党が選挙に勝とうが、又は乗り換えを忘れようが、終点まで運ばれようが委細構わず、紅塵万丈の熱鬧世界を遠く白雲緬の地平線下に