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あかひげしんりょうたん
赤ひげ診療譚
山本 周五郎
Read 赤ひげ診療譚 (あかひげしんりょうたん) by 山本 周五郎 (やまもとしゅうごろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 21,351 characters · 43 screens
だめだ、そんなことはできねえ、約束したんだからな、男がいったん約束したんだから、いくらなんだってもういけねえ。
そしてまた大きな溜息をつき、ぼんやりと膳の上を見まもっている、というぐあいであった。或る日、みすみす罠にかかると知りながら、ついに藤吉は口を切った。
――どこの女だ。
猪之はしらばっくれた顔で、「え」と不審そうに藤吉を見た。
――とぼけるな、また女だろう。
猪之は頭を垂れた。
「あいつも猾いがあっしも利巧じゃあねえ、かたちからするとこっちが乗り出した恰好で、あいつの云い草じゃねえが、まったくなっちゃあいません」
猪之はしぶしぶ返辞をした。相手はせんたく町というところの小料理屋の女で、年は二十、名はおせいといった。その店へは藤吉もよく飲みにゆくので、おせいとも顔なじみだった。「いなば」というその店は堅い小料理屋だが、せんたく町は江戸の岡場所に似たようなところだから、そんなにむずかしく構える必要はない。自分で当ってみろ、と藤吉は云った。猪之は「うん」といったまま、しょげきった顔で溜息をつくばかりだった。どうしたんだ、自分じゃあやれねえのか。うんだめなんだ、顔を見るとものが云えなくなっちまう、名を呼ぶこともできねえんだ。