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じゅうきちひょうりゅうきぶん
重吉漂流紀聞
久生 十蘭
Read 重吉漂流紀聞 (じゅうきちひょうりゅうきぶん) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 26,456 characters · 52 screens
「だが音七ぬし、切ない辛いといって、泣き死に死んでいいものだろうか。それこそ空しい話ではあるまいか。それほど妻子のことが心配なら、今こそふんばりかえって、生きて帰る才覚をしなければなるまい」
音七はキッと顔をあげて、
「子供をあやすような甘いことで、この音七を欺せると思っているのか。今日あたりは八丈島から千里も南の海の上。どこに生きて帰れるという当てがあるのだ。そういうおぬしだっても、二度と国の土を踏めるとは思っていまい。いずれはどこかの汐路の果で船を壊され、魚の餌食になってしまうのが落。助からぬと思えばこそ、こうも泣く。これが泣かずにいられようか」
といっているうちに、逆上気味になって眼を釣りあげ、
「いやだぞ、いやだぞ。魚に食われて死ぬのは嫌だ。どうでも死なねばならぬのなら、まだしも気力のあるうちに、首を縊って死のうではないか。どこの浦へうちあげられても、一船の仲間だと知れるように、一本の繩で、いるだけの人数の輪索をつくり、みなもろともに死んでこかそ。三郎助も死ね、安兵衛も死ね。福松も、半兵衛も、お楫も、飯炊も、みんな一つ繩で縊れて死のう。こう話がきまったうえは、お船頭もいっしょに死んでもらわねばならぬ」