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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 14,957 characters · 31 screens
「うむ。まず、怪我は大きい。」
惣平次の両手が、侍の袴を掻いた。
「苦しんで、おりますか、苦しんで。」
「苦しんでは、おらぬ。」
「ああよかった。それでは、たいしたことはないので――。」
「もう、苦しんではおらぬ。」静かに、「極楽――。」
「ははあ――。」と、意味が、はっきり頭へ来ると、惣平次は、上り口に腰をおろした。宙を見詰めたまま、そっと、老妻の手を取った。
ふと、長いしずけさが落ちた。
「ひとり息子でした。」惣平次の口唇が、動いた。「孝行者で――。」
誰も、何とも言わなかった。
侍が、咳をして、
「わしは、逸見家の用人だが、屋敷の仕事中に亡くなったのじゃからと、上より、特別の思召しをもって、破格の葬金を下し置かれる。その使いにまいった。」
おこうと惣平次は、ぽかんと顔を見合っていた。
「一職人に対して、前例のないことじゃが、」用人は、つづけて、「百両の香奠、ありがたくお受けしまするように。」
「え?」
惣平次が、訊き返した。
「爺つぁん、百両だ。百両――。」
長五郎が口を添えると、
「百両! ううむ、百両、か。」
と、呻いて、突如、真っ黒な恐怖が、むずと惣平次を掴んだ。