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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 10,085 characters · 21 screens
なにも胸晴しだ、勘の字、われも来るか。」
勘弁勘次と並んでぶらりと合点小路を立出でた釘抜藤吉、先日来の富五郎捜しで元乾児の影法師三吉に今度ばかりは先手を打たれたこと、おまけに途端場へ来て死人に足でも生えたかしてまたしても御用筋が思わぬどじを踏んだこと、これらが種となって、一脈の穏やかならぬものがその胸底を往来していたのも無理ではなかった。
稲荷の小橋を右手に見て先が幸い水谷町、その手前の八丁堀五丁目を河岸縁へ切れて次郎兵衛店、小物師与惣次の家の前に立つと、ちゃあんと格子が開いて人の居る気勢。藤吉が振り返ると勘次は眼をぱちくりさせて頭をかいた。
来たものだから念のため、
「御免なせえ、与惣さん宅かえ?」
「――――」
「与惣さん。」
「は、はい。」
という籠った返事。藤吉は勘次を白眼む。
「そら見ろ。」
勘次はまた頭をかいた。と、
「どなたですい?」と家内から。
「あっしだ、合点長屋だ。どうしたえ?」
「へ? へえ。」
「瘧か。」
「へえ、いえ、その、なんです――。」
「何だ。上るぜ。」
「さ、ま、なにとぞ。」
ずいと通った藤吉、見廻すまでもなく一間きりの部屋に、油染みた煎餅蒲団を被って与惣次が寝ている。