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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 14,319 characters · 29 screens
が、無益なことに気がつくとすぐ立停まり、長谷川町を躍りながらだんだん小さくなって行く竹籠を言い合わしたように黙って凝視めていた。
韋駄天の彦、脚も空に考えた。
「御用筋が忙しくて他町の騒動を外にしていた親分もこれじゃあいかさま出張らにゃなるめえ。ほい来た奴、それ急げ! 三度に一度あ転けざあなるめえ!」
背中で籠拍子を取る。彦兵衛は腹掛を押えた。その中に、丼の底に、巻紙の文状と一緒に揺れているのは、耳一つと毛髪とがくっついたたしかにそれは――人間の片頬であった。
二
「仲の町は嘸かし賑うこってげしょう。」
次の間から勘弁勘次が柄になく通めたい口をきいた。縁に立って、軒に下げた葵の懸崖をぼんやり眺めていた釘抜藤吉。
「葵の余徳よ。なあ、新吉原の花魁が揃いの白小袖で繰り出すんだ。慶長五年の今月今日、畏れ多くも東照宮様におかせられ、られ、られ、られ――ちっ、舌が廻らねえや――られては、初めて西御丸へ御入城に相成った。やい、勘、手前なんざあ文字の学がねえから何にも知るめえ、はっはっは。」
「勘弁ならねえが、こちとら無筆が看板さ。」
梯子売りの梯子の影が七つ近い陽脚を見せて、裏向うの御小間物金座屋の白壁に映って行く。