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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき

釘抜藤吉捕物覚書

林 不忘

Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 12,598 characters · 26 screens

Aozora Bunko

「やっ! 梅干の種だ!」

這うようになおも辺りを見れば、飯粒の乾枯びたの、鰹節の破片などが、染甕の内外に、些少だが散らばっている。釘抜藤吉、突然上を向いて狂人のように笑い出した。と、

「親分、ちょっくら!」

入口の勘次、声を忍ばせた。はっとした藤吉、あわてて笑いを引っ込めると、扉の蔭に駈け寄って勘次の肩越し、戸外を窺った。

人眼が怖いか裏口から、横町へ抜ける細道伝いに娘お糸が今しも自家を出るところ、町家にしては伊達者めいた艶姿、さすが小町の名を取っただけ、容色着付の好み、遠眼ながら水際立って見えた。勘次はあんぐり口を開けて、

「好い女子だなあ――勘弁ならねえ。」

と独言つその背中を、そっと突いた藤吉、

「勘、尾けろ。」

「へ? 彼娘を?」

「そうよ。とちるめえぞ。」

「へっへ、言うにや及ぶ。糸桜、てんだ。」

「なにをっ?」

「糸ざくら蕾も雨に濡れにけり、かな。」

「ちゃんちゃらおかしいや。抜かるな。」

「合点承知之助。」

勘弁勘次、影のようにお糸の跡を踏んだ。

合点長屋へ帰ろうとして、藤吉がふと見ると、縁起直しのつもりであろう、弥吉と小僧が尻をからげて、清水で桔梗屋の前構えをせっせと洗っていた。