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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 12,598 characters · 26 screens
」
格子戸を閉切ると、折柄の風、半纏を横に靡かせて、甚八、早くも姿を消した。
「あっ、勘弁ならねえ。行っちめえやがった。」
こう呟いて勘次が振り返った時、藤吉はもう上場に仁王立ちに起って、釘抜と異名を取った彎曲った脚をそそくさと拭いていた。
「烏の行水、勘、早えが勝ちだぞ。」
「おう、親分、お上りでごぜえますかえ。」
「うん。ああ言って来たんだ。出張らざなるめえ。」
顔見識りの朝湯仲間、あっちこっちから声をかけるなかを黙りこくった八丁堀合点長屋の目明し釘抜藤吉、対の古渡り唐桟に幅の狭い献上博多をきゅっと締めて、乾児の勘弁勘次を促し、傘も斜に間もなく紅葉湯を後にした。
「冷てえ雨だの。」
「あい、嫌な物が落ちやす。」
慶応二年の春とは名だけ、細い雨脚が針と光って今にも白く固まろうとする朝寒、雪意しきりに催せば暁天まさに昏しとでも言いたいたたずまい、正月事納の日というから二月の八日であった。遅起きの商家で、小僧がはっはっと白い息を吐きながら大戸を繰っていたり、とある家の物乾しには入れ忘れた襁褓が水を含んでだらりと下って、それでも思い出したようにときどきしおたれ気にはためいていたりした。