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くぎぬきとうきちとりものおぼえがき
釘抜藤吉捕物覚書
林 不忘
Read 釘抜藤吉捕物覚書 (くぎぬきとうきちとりものおぼえがき) by 林 不忘 (はやしふぼう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 11,760 characters · 24 screens
「徳撰。」と筆太に墨の入った提灯の明りに照らし出されて、天井の梁から一本の綱に下がっているのは、紛れもない此家の主人徳村撰十の変り果てた姿であった。
生前お関取りとまで綽名されていただけあって、大兵肥満の撰十は、こうして歳暮の鮭のように釣り下がったところもなんとなく威厳があって、今にも聞き覚えのある濁み声で、
「合点長屋の親分でげすかえ。ま、ちょっくら上って一杯出花を啜っていらっしゃい。」
とでも言い出しそうに思われた。それが一つのおかしみのようにさえ感じられて、前へ廻って屍体を見上げたまま、藤吉はいつまでも黙りこくって立っていた。昨夜見た時はぴんぴんしていた人のこの有様に、諸行無常生者必滅とでも感じたものか、鼻汁を手の甲へすりつけながら、彦兵衛も寒々と肩を竦めていた。梁へ掛けた強い綱が、重い屍骸を小揺ぎもさせずに静かに支えていた。東寄りの武者窓から雪の手伝った暁の光が射し込んで、屍体の足の下に、その爪先きとほとんどすれすれに、宇治と荷札を貼った茶の空箱が置かれてあるのが、浮かぶように藤吉の眼に入った。
「見込みが外れて、捌けが思うようにつかねえと、じつは昨日朝湯で顔を合した時も、それをひどく苦に病んでおいでのようだったが、解らねえもんさね、まさかこんなことになろうたあ、――あっしも――。