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うし
鎧櫃の血
岡本 綺堂
Read 鎧櫃の血 (うし) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 48,702 characters · 99 screens
彼は素直に付いて来た。さてここの二階へあがって、飯を食う時はうなぎの蒲焼ということに決めてあったが、酒のあいだにはいろいろの川魚料理が出た。夏場のことであるから、鯉の洗肉も選ばれた。
梶田さんは例の如くに元気よくしゃべっていた。うまそうに酒を飲んでいた。しかも彼は鯉の洗肉には一箸も付けなかった。
「梶田さん。あなたは鯉はお嫌いですか。」と、わたしは訊いた。
「ええ。鯉という奴は、ちょいと泥臭いのでね。」と、老人は答えた。
「川魚はみんなそうですね。」
「それでも、鮒や鯰は構わずに食べるが、どうも鯉だけは……。いや、実は泥臭いというばかりでなく、ちょっとわけがあるので……。」と、言いかけて彼は少しく顔色を暗くした。
梶田老人はいろいろのむかし話を知っていて、いつも私たちに話して聞かせてくれる。その老人が何か子細ありげな顔をして、鯉の洗肉に箸を付けないのを見て、わたしはかさねて訊いた。
「どんなわけがあるんですか。」
「いや。」と、梶田さんは笑った。「みんながうまそうに食べている最中に、こんな話は禁物だ。また今度話すことにしよう。」
その遠慮には及ばないから話してくれと、みんなも催促した。