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うし
鎧櫃の血
岡本 綺堂
Read 鎧櫃の血 (うし) by 岡本 綺堂 (おかもときどう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 48,702 characters · 99 screens
その弥三郎がふところ手をして、大きい鯉のうろこが春の日に光るのを珍しそうに眺めていたが、やがて左右をみかえって訊いた。
「この鯉をどうするのだ。」
「さあ、どうしようかと、相談中ですが……。」と、そばにいる一人が答えた。
「相談することがあるものか、食ってしまえ。」と、弥三郎は威勢よく言った。
大勢は顔をみあわせた。
「鯉こくにするとうまいぜ。」と、弥三郎はまた言った。
大勢はやはり返事をしなかった。鯉のこくしょうぐらいは誰でも知っているが、何分にもさかなが大き過ぎるので、殺して食うのは薄気味が悪かった。その臆病そうな顔色をみまわして、弥三郎はあざ笑った。
「はは、みんな気味が悪いのか。こんな大きな奴は祟るかも知れないからな。おれは今までに蛇を食ったこともある、蛙を食ったこともある。猫や鼠を食ったこともある。鯉なぞは昔から人間の食うものだ。いくら大きくたって、食うのに不思議があるものか。祟りが怖ければ、おれに呉れ。」
痩せても枯れても旗本の次男で、近所の者もその顔を知っている。冷飯食いだの、厄介者だのと陰では悪口をいうものの、さてその人の前では相当の遠慮をしなければならない。