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ちょうへんしょうせつしけん
長篇小説私見
豊島 与志雄
Read 長篇小説私見 (ちょうへんしょうせつしけん) by 豊島 与志雄 (とよしまよしお) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 4,065 characters · 8 screens
歌舞伎中の種々の人物が未知の他人となり終る時、即ちそれらの人物が死んでしまう時、歌舞伎の生命は薄らぐだろう。
吾々が種々の関心を以て、実在の人物に対するような気持で、呼びかけ得る人物、そういう人物を持つことの少い文学は、淋しい。日本の近代文学も淋しいものの一つである。人生の見方に於て、心理の取扱方に於て、社会的見解に於て、また芸術的表現方法に於て、世界的水準にまで眼覚めた日本近代文学のうちに、果して幾人、吾々が親しく呼びかけ得る人物があるだろうか。多くのすぐれた作品の名前を挙げることは、即座にでも出来る。然し、関心のもてる人物の名前を挙げてみよと云われる時、即座には固より、作品の頁をめくっても、答えは容易ではあるまい。これは人物の名前に対する吾々の健忘性の故ばかりではない。最近の例をとって見ても、「春琴抄」という作品の名は誰にも親しくなっていても、春琴という名前は既に縁遠く響くし、彼女の相手の男の名前は知る人さえも少い。「無法人」についても、「紋章」についても、同様のことが云える。文学に関する文章の中で、作品の名を挙げずに作中人物の名前がいきなり書かれたならば、多くの人はまごつくだろう。