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あめ
雨
織田 作之助
Read 雨 (あめ) by 織田 作之助 (おださくのすけ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 22,261 characters · 44 screens
「あと見送りて政岡が……」
ちらちらお君を盗見していたが、しだいに声もふるえてきて、生つばを呑みこみ、
「ながす涙の水こぼし……」
いきなり、霜焼けした赤い手を掴んだ。声も立てぬのが、軽部には不気味だった。その時のことを、あとでお君が、
「なんやこう、眼エの前がぱッと明うなったり、真黒けになったりして、あんたの顔こって牛みたいに大けな顔に見えた」
と言って、軽部にいやな想いをさせたことがある。軽部は小柄なわりに顔の造作が大きく、太い眉毛の下にぎょろりと眼が突き出し、分厚い唇の上に鼻がのしかかっていて、まるで文楽人形の赤面みたいだが、彼はそれを雄大な顔と己惚れていた。けれども、顔のことに触れられると、何がなしいい気持はしなかった。……その時、軽部は大きな鼻の穴からせわしく煙草のけむりを吹きだしながら、
「このことは誰にも黙ってるんやぜ、分ったやろ、また来るんやぜ」
と、だめ押した。けれども、それきりお君は来なかった。
軽部は懊悩した。このことはきっと出世のさまたげになるだろうと思った。ついでに、良心の方もちくちく痛んだ。あの娘は姙娠しよるやろか、せんやろかと終日思い悩み、金助が訪ねてこないだろうかと怖れた。