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あめしょうしょう
雨瀟瀟・雪解 他七篇
永井 荷風
Read 雨瀟瀟・雪解 他七篇 (あめしょうしょう) by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 145,414 characters · 289 screens
しかし雨はまたしても降出したらしい。点滴の音は聞えぬが足駄をはいて女中が郵便を出しにと耳門の戸をあける音と共に重そうな番傘をひらく音が鳴きしきる虫の声の中に物淋しく耳についた。点滴の音もせぬ雨といえば霧のような糠雨である。秋の夜の糠雨といえば物の湿ける事入梅にもまさるが常とてわたしは画帖や書物の虫を防ぐため煙草盆の火を掻き立てて蒼朮を焚き押入から桐の長箱を取出して三味線をしまった。そのついでに友人の来書一切を蔵めた柳行李を取出しその中から彩牋堂主人の書柬を択み分けて見た。雨の夜のひとり棲みこんな事でもするより外に用はない。
彩牋堂主人とは有名な何某株式会社取締役の一人何某君の戯号である。本名はいささか憚あればここには妓輩の口吻に擬してヨウさんといって置こう。わたしとは二十年ほど前米国の或大学で始めて知合になった。ヨウさんは日本の大学に在った頃俳人としてその道の人には知られていた。今でも折々名句を吐くのでもしヨウさんの俳号をいえばこの方でも知る人は必ず知っているに違いない。しかし彩牋堂なる別号は恐らく私の外には誰も知らないであろう。いわんや今では彩牋堂なるその家は在っても住むものなくヨウさんは再びその名を用ゆる折がなくなってしまったのである。