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あめしょうしょう
雨瀟瀟・雪解 他七篇
永井 荷風
Read 雨瀟瀟・雪解 他七篇 (あめしょうしょう) by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 145,414 characters · 289 screens
二斤ほど買ったパンは焼いたばかりのものと見えて家へ帰るまで抱えた脇の下から手の先までをほかほかと好い工合に暖めてくれた。精養軒の近処は夜となれば芸者の往来がはげしい。わたしはかつて愛誦した『春濤詩鈔』中の六扇紅窓掩不レ開――妙妓懐中取レ煖来という絶句を憶い起すと共に妓を擁せざるもパンを抱いて歩めばまた寒からずと覚えず笑を漏らした事もあったほどである。
詩興湧き起れば孤独の生涯も更に寂寥ではない。貧苦病患も例えばかの郎士元が車馬雖レ嫌レ僻。鶯花不レ棄レ貧といい、白居易が貧堅志士節。病長高人情というが如き句あるを思い得ばまた聊か慰めらるる処があろう。しかし詩興はもとより神秘不可思議のもの。招いて来らず叫んで応えるものでもない。されば孤独のわびしさを忘れようとしてひたすら詩興の救を求めても詩興更に湧き来らぬ時憂傷の情ここに始めて惨憺の極に到るのである。詩人平素独り味い誇る処のかの追憶夢想の情とても詩興なければ徒に女々しき愚痴となり悔恨の種となるに過ぎまい。
わたしは街を歩む中呉服屋の店先に閃く友禅の染色に愕然目をそむけて去った事もあった。若き日の返らぬ歓びを思い出すまいと欲したがためである。