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くものこみち
雲の小径
久生 十蘭
Read 雲の小径 (くものこみち) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 16,634 characters · 33 screens
「あれが私の呼んだ霊ですか」
「さようです」
「なにを唸っているんでしょう」
冷やかし気味に、白川がたずねると、主事は白川の耳に口を寄せて、
「ああいう唸りかたをするようでは、この方は、じぶんが死になすったことを、まだ自覚していらっしゃらんのですな」
と、ぼそぼそとささやいた。
「自覚といいますと?」
主事はもっともらしい口調で、死後の世界へ入った心霊は、たとえてみれば、生まれたての赤ん坊のようなたよりのない存在で、死んだことすら自覚せず、死の間際に感じた苦しみのなかで、呻きながら浮き沈みしている。胃病で死んだものは、胃が痛いと叫びつづけ、肺病で死んだものは、息がつまりそうだともがくのだと、説明してきかせた。
霊媒は高低さまざまな、陰気な唸り声をあげていたが、急に身体を二つに折って、
「ここはどこ? ……なんて暗いんだろう……痛いな。ああ、痛い痛い。胸のまんなかの辺が、千切れそうだわ……助けてえ」
脈絡もなく、そんなことをしゃべりだした。主事は顔をうつむけて、しんと聞きすましていたが、
「これは怪我をして死なれた方ですな。だいぶお苦しいようですから、はやく声をかけておあげなさい……あなたはもう死んでいるのだと、おしえてあげてください。