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せいしゅんのぎゃくせつ

青春の逆説

織田 作之助

Read 青春の逆説 (せいしゅんのぎゃくせつ) by 織田 作之助 (おださくのすけ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 162,593 characters · 325 screens

Aozora Bunko

体が宙を飛んでいるような甘い快感がはっと破れて、にわかに眼の前が明るくなった。立ちながら、うとうと居眠りをしていたらしかった。眼が覚めた拍子に、手は反射的に新聞を畳んでいたが、「居眠りしてる場合やあれへんぜ。しっかりしてや」そう言って、社長はなおも二、三回豹一の肩を小突いた。咄嗟に豹一の頭は、牛乳の瓶をがちゃんと机の上へ敲き割って、そこを飛び出すことを想った。

(こんなに侮辱されても、未だここで働きたいのか? 単にいやなところだというのではない。侮辱されたんだぞ)豹一の眼は久し振りにぎらぎら光って、部屋の中をにらみ廻した。が、ふと社長の妻君がせっせと帯封に糊をつけているのを見た途端、その光はあっけなく消えてしまった。社長の妻君のバサバサした髪の毛の聯想で、母親のことが頭に泛んだからである。

(ここを飛び出せば、当分また失業だぞ、それでもお前は母親の手前平気で居れるというのか?)豹一は握りしめた牛乳の瓶で新聞の折目を押えた。(母親のことを考えたら、自分勝手な気持で行動することは許されないぞ)

突然頭に泛んだこの考えは、しかし豹一自身にも意外だった。今まで自分の行動を支えて来た筈の自尊心を、こんなに容易く黙殺出来ようとは、夢にも思っていなかったのである。