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あごじゅうろうとりものちょう
顎十郎捕物帳
久生 十蘭
Read 顎十郎捕物帳 (あごじゅうろうとりものちょう) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 13,435 characters · 27 screens
大評判
両国の見世物へ黒鯨が来た。
頭から尾までの長さが六間半。胴の周囲が太いところは大人の五ツかかえ。これが江戸のまンなかで絵にあるように潮を噴き、鯨ちゃんや、と言うと、あい、あい、と返事をするという。
江戸へ鯨が来たのはこれが最初。
いわんや、生きた実物が泳ぐところを、大人は百文、子供は五十文で見せるという。
「両国へ黒鯨がきたそうでございますな。もうお出かけになりましたか」
「おい、松兄哥、垢離場の高物小屋へ仙台の金華山から鯨が泳ぎついたそうだ」
「お花さん、鯨が見世物に出てるそうですよ。なんでも鯨の赤ちゃんを抱いておっ乳を飲ませるンだって」
「ご隠居さん、絵では見ましたが、正眼に生きて泳ぐところを江戸のまンなかで見られようとは思っていませんでしたよ。年寄は年寄づれ、ひとつ出かけて見ますかな」
「先生、両国で鯨が泳いでいるそうでごわす。見聞をひろめるは武士の嗜みのうちでごわすによって、どうか、お供を仰せつけくださりまっせ」
髪床、銭湯、碁会所、料理屋、人がふたり寄れば鯨の話。江戸じゅうがこの評判で湧きかえる。われも行けかれも行けと、江戸八百八町がこぞってどっと両国へ押しだす。