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あごじゅうろうとりものちょう
顎十郎捕物帳
久生 十蘭
Read 顎十郎捕物帳 (あごじゅうろうとりものちょう) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 12,819 characters · 26 screens
暮れると人通りもない場所で、聞えるものは空ッ風と犬の遠吠えばかり。
アコ長は、凍えた手を提灯の火にかざしながら、
「とど助さん、どうも、いけないことになりました。愚痴を言ったって始まらない、こんな日はケチがついているんだから、きょうは諦めて、このまま戻ることにしましょう」
とど助は、むむ、と腕を組んだ。
「いよいよいけないとなれば、わしも愚痴は言わんが、家へもどっても夕食をする当のないのは弱った」
「それが、愚痴というもんですよ」
「こういう霜腹気の日に、泥鰌の丸煮かなんかで、熱燗をキュッとひっかけたら、さぞ美味なことであろう」
「贅沢をいっちゃいけませんよ。こんなときに食いもんの話をするのは殺生ですよ」
「背に腹はかえられんな」
「なにを言ってるんです。背に腹どころじゃない、わたしなんざ、腹の皮が背中にくっつきそうだ」
「であるからして、思い切ってやろう」
「急に血相を変えて、なにをやるというんです。辻斬なんぞ、いやですぜ」
「いかに渇しても、辻斬なんぞはせん。一杯飲もう」
「銭がなくて、どうして酒が飲めるもんですか」
「そのくらいのことは、わしも存じておるが、法をもってすれば、飲めんことはない。