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あごじゅうろうとりものちょう
顎十郎捕物帳
久生 十蘭
Read 顎十郎捕物帳 (あごじゅうろうとりものちょう) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 9,707 characters · 20 screens
「そうだとありゃア、いかにも物笑いだ」
ひょろ松は、情なそうな顔をして、
「そう、澄ましていられちゃ困ります。……なにしろ、あなたは、日がな毎日、犯例帳の赦帳のと、番所の古帳面ばかり、ひっくりかえしていられる酔狂な方だから、前例のあることなら多分ご存じだろう。……もし、そうだったら、それは、どういう次第で、どういうおさまりになったものか、ひとつうまく聴き出してこい、という旦那さまのお言いつけなんで。……それで、こうして、馴れねえとりもちなんぞをいたした次第なんでございます」
といって、膝をすすめ、
「ねえ、阿古十郎さん、……古いころ、……たとえば、鎌倉時代にでも、こんな前例がありましたろうか」
顎十郎、空嘯ぶいて、
「はて、いっこうに聴かねえの」
「こりゃア情ない。……前例はねえとしても、では、なにかあなたのお見こみがございましょうか」
「お見こみなら、少々ある」
ひょろ松は思わず乗りだして、
「へえ、それは」
「間もなく、御府内で、どえらいことが起る」
大黒
大久保彦左衛門以来という、江戸ではもう名物のひとつになっている名代の強情おやじ、しょんべん組の森川庄兵衛が、居間の文机のうえにうつむきこんで、なにかしらん、わき目もふらずこつこつやっているところへ、れいの通り案内も乞わずにヒョロリと入ってきたのが顎十郎。