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あごじゅうろうとりものちょう
顎十郎捕物帳
久生 十蘭
Read 顎十郎捕物帳 (あごじゅうろうとりものちょう) by 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 11,832 characters · 24 screens
幸い大事に至らぬうちに消しとめたが、今度は最近江戸を騒がしたおさめ殺しの唯一の手懸りとも言うべき、かけがえのない大切な証拠物件を紛失してしまった。
それは梨地鞘造の印籠で、たしかに袂へ入れて邸を出たはずなのだが、聖堂の近くまで来たとき、ふと気づいて探ぐって見るとそれが袂の中にない。邸を出る前までたしかに居間の文机の上に置いたことはわかっているのだが、なにしろ朝の時間は万年青で夢中になる習慣なので、置き忘れて来たものか持って出たものか、その辺のところがはっきりしない。これは、というので少々青くなって駕籠を傭って邸まで飛び帰り、文机の上を見ると、……印籠などはない。
座敷の中に棒立ちになってじっくりと考えこんでみたが、どうも落したような気がしない。のたりと座敷に寝ころんでいた阿古十郎にそれとなく訊ねて見たが、そんなものは知りませんねえ、と鼻であしらわれた。
傭人どもは、みな五年十年と勤めあげた素性の知れたものばかりで、おまけに、この居間には番所会所の書類など置いてある関係上、廊下に錠口をつくって、そこからは一歩も入れないようにしてあるのだし、庄兵衛が出てゆくと、すぐ入りちがいに阿古十郎が入って来て、ずっと今まで、ここに寝ころがっていたというのだから、そのわずかの間に忍んで来てそんな素早い仕事が出来よういわれ