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なるとひちょう

鳴門秘帖

吉川 英治

Read 鳴門秘帖 (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.

N2 · advanced · modern kanji and kana · 56,957 characters · 114 screens

Aozora Bunko

朽葉一枚こぼれても、カラカラとひびく山中の静寂――、それはだいぶ遠いらしいが、世阿弥の耳へは怖ろしく近く聞こえてくる。

空谷の跫音である。

世阿弥は耳をたてて、その人声のする方へ伸びあがった。

たいそう近くに聞こえると思ったが、その実在は遠くであった。かれのおる山牢は、一面の矮生植物につつまれた、瘤のような地点だが、そこから見下ろすとズッと麓にあたる所に、ポチと、二個の寸影が立っている。

「お、あの人物だな……。だが、山目付でもないらしい? ……」とつぶやくうちに、世阿弥の姿が、ガサガサと樹木をわけて、その人影の方へ下って行った。

しかし、ある程度まで下りてゆくと、もうその先へは一歩も出られぬことになっている。

なぜかといえば、つるぎ山覗き滝の深潭から穴吹川へ落ちてゆく激流が、とうとうと飛沫を散らしている上に、その岩壁に添って、瘤山の瀬をグルリと柵でめぐらしてあるからである。

つまりこの瘤山は、ひとつの山の離れ島をなしているわけだ。かれの終身間者牢は、この自然の地形と、人為の柵内とに局限されている上に、また、ここと麓の間には、三ヵ所の山関があって、たえず詰役の山番がいるから、どうしたって遁れだすことはできない。