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なるとひちょう
鳴門秘帖
吉川 英治
Read 鳴門秘帖 (なるとひちょう) by 吉川 英治 (よしかわえいじ) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 56,957 characters · 114 screens
「いけないといったら!」
「だって、そ、そんな……」
「くどいッ」
「そんなこと、む、無理でございます」
「ちイッ、くどいというに!」
いきなり啓之助が、お米の頬を打った時、お米は、ワッと泣いて、
「口惜しい、わ、わたしは、こんな所へ手込に連れてこられた上に、お母さんが死んでも家へ帰られない」
涙がこぼれてくると、胸につかえていた空言までが、苦もなく、真実そうにスラスラ口へ出てきた。
お米の怨みがましい泣き声をきくと、啓之助はまたかというような舌打ちをして、じゃけんに唇を噛みしめた。
「何をメソメソ泣くのだ! ものの分らぬにも程がある」
「わ、わからないのは、あなたのほうじゃございませんか」
「やかましい、ここをどこだと思うのだ、男の役目先へまで来て吠え面をかく奴があるか」
「どこであろうと、私は言いたいことを申します。エエ、弱くしていれば、私なんか、今にあなたのために殺されてしまうかもしれない」
「ウム! どうしようと、この啓之助の一存だ」
「私だって、なにもこの国へ、島流しにされた科人ではなし、身を売ってきた女でもございませんからね」
お米も負けずに言い返した。
そして、止めどもなく、流れる涙を流れるままに任して、いかにも憎そうに、啓之助を睨みつけている。