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さとう
麻布襍記 ――附・自選荷風百句
永井 荷風
Read 麻布襍記 ――附・自選荷風百句 (さとう) by 永井 荷風 (ながいかふう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 37,256 characters · 77 screens
それが為めか中央新聞社の印刷機械の響も一しきり打消されたように聞えなくなった。わたしは潜門をあけてそっと首を出して見た。牛乳配達夫のような足袋跣足にメリヤスの襯衣を着て手拭で鉢巻をした男が四五人堀端の方へと路地をかけ抜けて行った。其後から近所の出前持が筋向の家の勝手口で国民新聞焼打の噂を伝えていた。わたしは背伸をして見た。然し烟も見えぬので内へ入ると其の儘ごろりと昼寝をしてしまった。置炬燵が誠に工合よく暖かであったからである。夕飯をすまして夜も八時過あまり寒くならぬ中家へ帰ろうと数寄屋橋へ出た時巡査派出所の燃えているのを見た。電車は無い。弥次馬で銀座通は年の市よりも賑かである。辻々の交番が盛に燃えている最中である。道路の真中には石油の缶が投出されてあった。
日比谷へ来ると巡査が黒塀を建てたように往来を遮っている。暴徒が今しがた警視庁へ石を投げたとか云う事である。わたしは桜田本郷町の方へ道を転じた。三十八年の騒ぎの時巡査に斬られたものが沢山あったという話を思出したからである。虎の門外でやっと車を見付けて乗った。真暗な霞ヶ関から永田町へ出ようとすると各省の大臣官舎を警護する軍隊でここも亦往来止めである。