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くろゆり
黒百合
泉 鏡花
Read 黒百合 (くろゆり) by 泉 鏡花 (いずみきょうか) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 78,148 characters · 154 screens
」
「慶造、六十年近くもここに居る荒物屋の婆さんがいうんだ、水には大丈夫だそうだから、私には構わんでも可い。」
心安く言ったので、慶造は雀躍をして、
「それじゃあ後髪を引かれねえで、可うがす。お二人の先途を見届けて参りましょう。小主公お気を着けなすって、後ともいわず直ぐに、」
といった。折からの雨はまた篠を束ねて、暗々たる空の、殊に黄昏を降静める。
慶造は眉を濡らす雫を払って、さし翳した笠を投出すと斉しく、七分三分に裳をぐい。
「してこいなと遣附けろ、や、本雨だ、威勢が可いぜえ。」
五十三
開戸から慶造が躍出したのを、拓は縁に出て送ったが、繁吹を浴びて身を退いて座に戻った、渠は茫然として手を束ぬるのみ。半は自分の体のごときお雪はあらず、余の大降に荒物屋の媼も見舞わないから、戸を閉め得ず、燈を点けることもしないで、渠はただ滝のなかに穴あるごとく、雨の音に紛れて物の音もせぬ真暗な家の内に数時間を消した。夜も初更を過ぎつと覚しい時、わずかに一度やや膝を動かして、机の前に寄ったばかり。三日の内にもかばかり長い間降詰めたのは、この時ばかりであった。おどろおどろしい雨の中に、遠く山を隔てた隣国の都と思うあたり、馳違う人の跫音、ものの響、洪水の急を報ずる乱調の湿った太鼓、人の叫声などがひとしきりひとしきり聞える