Japanische Klassiker mit Furigana
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いちのくらさわ
一の倉沢
久生 十蘭
Lesen Sie 一の倉沢 (いちのくらさわ) von 久生 十蘭 (ひさおじゅうらん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 6.237 Zeichen · 13 Bildschirme
大須賀がトップになって、草付の岩庇の下のむずかしいところを横渉りしようとしているのが、手の届くような距離ではっきりと見える。手がかりがないので、狭い岩隙に拳を入れてコジリながら、右手のテラスに飛び移ろうとしている。それは三十年前、菱苅が拳を入れてコジリつけた、その岩隙だった。
「パパ、なにをしているの」
気がついてみると、菱苅は雪渓のザラメ雪の中に拳を突っこみ、血の出るほどコジリつけていた。
「ちょっと黙っていてくれ。いまたいへんなところなんだ」
最初に奥壁をやったKの記録にも残っているように、右手のテラスは危険な濡岩だから、そこでアクロバットをやってはいけないのだ。顎を岩角にあててホールドしながら、ゆっくり移らなくてはならない。跳躍すれば絶対なる死だ。
「飛んじゃいけない。岩角に顎をあてろ」
菱苅は心の中で叫びつづけた。
菱苅の指先に、肩に、腓っ脛に、悪場に挑む、ぬきさしのならない感覚が甦ってきた。
「まだ飛ぶことを考えている……おれならうまくやるのに……」
ひと時の混乱からたちなおると、大須賀は危機を冷静に処理することに気がついたらしく、振子運動をやめて岩角に顎をあて、ゆっくりとホールドを変えながら右のテラスに移って行った。