Japanische Klassiker mit Furigana
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せんきゅうひゃくさんじゅうにねんのはる
一九三二年の春
宮本 百合子
Lesen Sie 一九三二年の春 (せんきゅうひゃくさんじゅうにねんのはる) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 21.942 Zeichen · 44 Bildschirme
午後二時ごろになると、特高係が留置場へやって来てわたしを出し、二階の一室へつれ込んだ。墨汁だの帳簿だのの、のっかっていたテーブルの向う側に、黒い背広を着、顔の道具だてがみんな真中に向ってすり詰ったような表情の警視庁の特高が腰かけている。
帝大の学生の東というのを知っているだろう。その学生は青年同盟の出版物へわたしの原稿を貰っているのだといった。
「そんな学生は知らない。またそんな原稿もきいたこともない」
「そんなことはないでしょう。現にあなたの家へ行ってつかまっているんですよ」
目を凝と据え、癖のある嘲弄的な口元で、しつこく繰返した。押し問答の後、その特高は書類鞄の口をあけ、数枚の写真をとり出した。手札形の大さで、髪にコテをあてた派手な若い女の写真などがある中から一枚ぬき出して、
「これを知っているでしょう」
と、こっち向きにして見せた。大島らしい対の和服で、庭木の前に腕組みをして立っている三十前後の男の七分身である。色白で、おとなしい髭が鼻の下にある。――
「――誰です?」
「知ってるでしょう」ニヤニヤしている。
「知らない」
「そんな筈はない」
「だって、知らないものは仕方がありませんよ」