Japanische Klassiker mit Furigana
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はいくとはどんなものか
俳句とはどんなものか
高浜 虚子
Lesen Sie 俳句とはどんなものか (はいくとはどんなものか) von 高浜 虚子 (たかはまきょし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 51.046 Zeichen · 99 Bildschirme
父が酔家の新酒の嬉しさに 召波
山吹も散らで貴船の郭公 維駒
秋の風芙蓉に雛を見つけたり 蓼太
ところ/″\雪の中より夕煙 闌更
我寺の鐘と思はず夕霞 蝶夢
囀や野は薄月のさしながら 嘯山
衣更独り笑み行く座頭の坊 暁台
秋萩のうつろひて風人を吹く 樗良
初蝶の小さく物に紛れざる 白雄
頬はれて上戸老行く暑さかな 太祇
古草に陽炎を踏む山路かな 大魯
うしろから馬の面出す清水かな 一鼠
今朝秋と知らで門掃く男かな 存義
霧の海大きな町に出でにけり 移竹
ぬしの無い膳あげて行く暑さかな 几圭
夏を宗と作れば庵に野分かな 也有
安永天明時代は俳諧――連句――はあまり振るわなかったようであります。蕪村や几董もこれを試みているし暁台などは多少その方に志があったようでありますけれども、俳句に比べるといずれも見劣りがします。安永天明の俳句界を知るためには俳諧はしばし措いてもさしつかえないのであります。
当時俳諧宗匠として世間に勢力のあった者から申せば蓼太でありましょうけれども作句の技量からいったらいうまでもなく、蕪村を推さなければなりません。蕪村の下に几董、月居、田福、百池等の弟子達があります。