Japanische Klassiker mit Furigana
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はいくはかくかいしかくあじわう
俳句はかく解しかく味う
高浜 虚子
Lesen Sie 俳句はかく解しかく味う (はいくはかくかいしかくあじわう) von 高浜 虚子 (たかはまきょし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 73.016 Zeichen · 144 Bildschirme
あの大きな琵琶湖のことであるから、近江路を歩いておる間は殆ど琵琶湖を離れることがない位である。全体この水は何処まで続いているのであろう、というのである。「何処まで春の水辺なる」という辺に調子の巧みさはあるけれど、やはり趣を専一とした句で、ちょっと人をあっと言わせてやろうというような賤しい巧みはないのである。この作者月居もやはり蕪村の高弟の一人である。
源は柳なるべし春の水 蓼太
それが蓼太になると、やはり気取った作り物のような句になるのは、この句などはいい例である。春の水の美くしく流れているところを見ると、この水の水上が芥や小石などの間から湧いている水とは思えん、多分水上は柳の木のある辺から湧いているのであろう。この春の水の柔い味のあって美くしい処は、木でいえば先ず柳の糸のなよなよと青みがかっているものと似通っているから、是非そう想像をつけねばならんというのである。これらはちょっと考えるとやさしい考えのようであるけれども、ものに拘り過ぎた俗な思想であって、いくら春の水が美しいと言ったところで、その水上が柳の木から流れ出ているであろうというのは理窟である。