Japanische Klassiker mit Furigana
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「こりゅうきゅう」
古琉球
伊波 普猷
Lesen Sie 古琉球 (「こりゅうきゅう」) von 伊波 普猷 (いはふゆう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 29.421 Zeichen · 61 Bildschirme
沖縄の立場が以上申し述べた通りでありますから、沖縄人にとっては支那大陸で何人が君臨してもかまわなかったのであります。康煕年間の動乱に当って、琉球の使節は清帝及び靖南王に奉る二通の上表文を持参していったとの事であります。また不断でも琉球の使節は琉球国王の印を捺した白紙を持参していざ鎌倉という時どちらにでも融通のきくようにしたとの事です。この紙のことを「空道」と申します。(『琉球古今記』の「空道について」参照。)沖縄人の境遇は大義名分を口にするのを許さなかったのである。沖縄人は生きんがためには如何なる恥辱をも忍んだのである。「食を与ふる者ぞ我が主也」という俚諺もこういう所から出たのであろうと思います。誰が何といっても、沖縄人は死なない限りは、自らこの境遇を脱することが出来なかったのであります。これが廃藩置県に至るまでの沖縄人の運命でありました。ところが明朝が亡んで清朝が興りましたので、沖縄は暫くの間、名実共に日本に属するようになりましたが、島津氏の方でも琉球を如何に取扱ってよいやら、わからなかったのであります。島津氏の方にも機を観て琉球の両属を止めようと図った人もいたと見えて、十九代の君主、光久の如きは正保三年には明国が政を失して戦乱が止む事のないのを聞いて、この際意を決して沖縄を処分せん事を幕府に諮った