Japanische Klassiker mit Furigana
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だいぼさつとうげ
大菩薩峠11
中里 介山
Lesen Sie 大菩薩峠11 (だいぼさつとうげ) von 中里 介山 (なかざとかいざん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 368.567 Zeichen · 720 Bildschirme
それは、この室の主人がそれを好まないせいか、或いは二人が、なるべくこの人に遠のいていた方がいいと感じたものか、どうかすると、どちらも、その存在を忘れてしまっているのではないかと疑われることさえあります。
それでも、一日に一度は思い出したように二人のうちの誰かが、おとずれて見ると、どこへ行ったか姿が見えないことがあります。
それでも気にしないでいると、いつのまにか、おだやかに戻っていて、やがて尺八の音がしだしたりするものだから安心します。
お雪と、久助にさえ、存在を忘れられるくらいだから、まして同宿のほかのものが、聞きとがめたり、見とがめたりすることもなく、ただ、例の尺八の時だけが問題になるのだが、それだって、この家の一角に左様な人ありて、左様の曲を奏しているとは気がつかず、ただ、その音色だけが問題になって、主はあらぬ方へ持って行って、かたづけられてしまうことが多いのであります。
存在を忘れられるということは、死に近づいたことを意味するか、そうでなければ、生に充実しきって、たたいても、動かしても、音のする余地がない時のことでしょう。
ひとり、この男のみは、死でもなく、生でもなく、存在の間に迷溺していること、昨日も、今日も、変りがありません。