Japanische Klassiker mit Furigana
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わたしはかいぎはだ
平凡・私は懐疑派だ
二葉亭 四迷
Lesen Sie 平凡・私は懐疑派だ (わたしはかいぎはだ) von 二葉亭 四迷 (ふたばていしめい) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 19.626 Zeichen · 41 Bildschirme
怖いのは真実に追掛けられている最中なので、追想して話す時にゃ既に怖さは余程失せている。こりゃ誰でもそうなきゃならんように思う。私も同じ事で、直接の実感でなけりゃ真劒になるわけには行かん。ところが小説を書いたり何かする時にゃ、この直接の実感という奴が起って来ない。人生に対するのが盗賊に追われた時の心持になって了う。議論から考えて見ると、人生というものが何も具体的にそこに転がっている訳じゃない。斯うやって御互に坐っているのも亦人生に漬かっているのだから、人生に対する感を持たれぬという筈もない。だから追想とか空想とかで作の出来る人ならば兎も角、私にゃどうしても書きながら実感が起らぬから真劒になれない。古い説かも知らんが私の知ってる限りじゃ、今迄の美学者も実感を芸術の真髄とはせず、空想が即ち本態であるとしている。この空想とは、例の賊に追われたことを後から追懐する奴なんだ。そうすると小説は第二義のもので、第一義のものじゃなくなって来る。否、小説ばかりじゃない、一体の人生観という奴が私にゃ然う思えるんだよ……思えると云うと語弊があるが、那様気がするのだ。どうも莫迦々々しくてね。