Japanische Klassiker mit Furigana
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わたしはかいぎはだ
平凡・私は懐疑派だ
二葉亭 四迷
Lesen Sie 平凡・私は懐疑派だ (わたしはかいぎはだ) von 二葉亭 四迷 (ふたばていしめい) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 19.626 Zeichen · 41 Bildschirme
されど若し其の身のある調子とか意気な調子とかいうものは如何なもので御座る、拙者未だ之を食うたことは御座らぬと、剽軽者あって問を起したらんには、よしや富婁那の弁ありて一年三百六十日饒舌り続けに饒舌りしとて此返答は為切れまじ。さる無駄口に暇潰さんより手取疾く清元と常磐津とを語り較べて聞かすが可し。其人聾にあらざるよりは、手を拍ってナルといわんは必定。是れ必竟するに清元常磐津直接に聞手の感情の下に働き、其人の感動(インスピレーション)を喚起し、斯くて人の扶助を待たずして自ら能く説明すればなり。之を某学士の言葉を仮りていわば、是れ物の意保合の中に見われしものというべき乎。
然るに意気と身といえる意は天下の意にして一二唱歌の私有にはあらず。但唱歌は天下の意を採って之に声の形を付し以て一箇の現象とならしめしまでなり。されば意の未だ唱歌に見われぬ前には宇宙間の森羅万象の中にあるには相違なけれど、或は偶然の形に妨げられ或は他の意と混淆しありて容易には解るものにあらず。斯程解らぬ無形の意を只一の感動(インスピレーション)に由って感得し、之に唱歌といえる形を付して尋常の人にも容易に感得し得らるるようになせしは、是れ美術の功なり。