Japanische Klassiker mit Furigana
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こころのかわ
心の河
宮本 百合子
Lesen Sie 心の河 (こころのかわ) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 18.442 Zeichen · 37 Bildschirme
今、彼女はそんなにじき上気(のぼ)せはしなかった。こういう偶然の暗合が、自分達にだけ授けられた天恵だとも思わなかった。家庭の瑣事の一つであろう。幾万とある屋根屋根の下で、しばしば起る日常茶飯のことではある。而も、彼女は、このありふれた出来事の裡に、何ともいえない一縷(いちる)の優しさ、温かさを感じずにはいられなかった。人間と人間とが、高い天の上から瞰下したら、さぞさぞ小さく、然しながら一生懸命に生きてゆく間に、馴れた賢い本能が睦しく互に頷き合う。その頷き合いを、さよは快く良人と自分との心の底に認めたのである。
煮え立った鍋からは、陽気に湯気が吹出した。良人の書斎の方からは、歯切れのよいタイプライターの音が、彼の周囲を髣髴(ほうふつ)させる一定の調子で響いて来る。――
台所に働きながら、さよはふと、日頃からすきな
箱根路をわがこえくれば伊豆の海や
沖の小島に波のよる見ゆ
という歌を思い出した。自分達の生活が、この沖の小島を見晴すように、一点遙に情を湛え、広々と明るい全景の裡に小さく浮んでいるようで、さよは穏やかな悦びと懐しさとを覚えた。
二