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Japanische Klassiker mit Furigana

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わがあいするしじんのでんき

我が愛する詩人の伝記

室生 犀星

Lesen Sie 我が愛する詩人の伝記 (わがあいするしじんのでんき) von 室生 犀星 (むろうさいせい) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 116.728 Zeichen · 231 Bildschirme

Aozora Bunko

それに、しをりさんは百田の年上だったし、その愛情の生活も固まりすぎていたから、それも解きほぐしたかったらしかった。

だから二人連れ立って田端の私の家にくるのが、肩の凝りをおとす意味で、百田夫妻の愛欲の凝りもおとしていたようなものだ。私はりょうらんたる花札の絵模様に頭を掻き乱されていて、また、同時に小説の中でも濫作のただれが救えなくて、もだえていたからだ、けれどもいつも金は賭けていなかったし、せいぜい三年も続けて打つと私はへとへとになった。何故、そんな二年間も永いあいだ花札が続いたのか、やはり小説を書いて世に出たということが、妙にぴかぴかした花札を切ることで愉快にならせたのかも知れぬ。その頃、宇野浩二が見え、滝井孝作が来て手合せを一度やったが、この二人の長脇差はとても私なぞ及ばないその道の、強引な打手であった。こんなうまい花を引くということは小説家としての彼等の上達も、うかがわなければならぬ慎重さで、私は手固さ一方で立ち対ったが、滝井孝作の深淵よどみを見せざる引手には、舌をまいたくらいだ。

百田の前夫人は柔しい人であり、着物の好みも百田にまで及んでいて、百田が愛するよりも愛されているという側の見方が、されているようであったが、最初はどうかは知らぬが、やはり百田が堂々と愛していたように思われた。