Japanische Klassiker mit Furigana
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ぎきょくをかくわたしのこころもち
戯曲を書く私の心持
豊島 与志雄
Lesen Sie 戯曲を書く私の心持 (ぎきょくをかくわたしのこころもち) von 豊島 与志雄 (とよしまよしお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 3.522 Zeichen · 7 Bildschirme
これはまだ僕がいたらないせいかも知れない。
それから、戯曲では筋を得ると云うことが元来、戯曲の本質にも反するけれど、作者としてもたまらなく厭に感じられる。小説では、地の文のために書き方によって、どんなにでも、退屈でなく面白く書けるけれど、戯曲ではそれがどうもうまく行かない。過去の事件をどう云う風に織り込むことが出来るか、それがとても厄介になって来る。へまをすれば現在のその場の気分を壊してしまう。それかとて、筋だけを得る訳にも行かないし、その間の処置が、これはまた小説の地の文以上に厄介な気がする。
さて戯曲だけの問題として、僕は前に云ったように、小説に於ける地の文と会話とを一緒にして会話の形にして、そして戯曲を作って、勿論ねらい方だの取扱い方にはひどい違いはあるけれど、畢竟するに戯曲の会話と云うものは、そう云う風なものじゃないかと思う。そこで戯曲に於ける会話は、単なる作中人物の会話だけでなしに、小説に於ける作者の地の文が加ったものであるような気がする。
従って、戯曲の会話には一つの文体と云うのが悪ければ、一つの語体が存在する。その語体に磨きをかけることが作者としての一つの修養だろうと思われる。