Japanische Klassiker mit Furigana
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もじのあるしへん
文字のある紙片
宮本 百合子
Lesen Sie 文字のある紙片 (もじのあるしへん) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 2.518 Zeichen · 6 Bildschirme
「あの事があってから、もう三ヵ月になる。けれども、私の心持は当時にくらべてちょっとも明るくなっていない。それどころか、却って陰鬱さを増しているとさえ云える有様だ。今日のような天気の時には、特に堪らない。風も吹かず、日光も照らず、どんより薄ぐもりの空から、蒸暑い熱気がじわじわ迫って来る処に凝っと坐り、朝から晩まで同じ気持に捕えられていると、自分と云うものの肉体的の存在が疑わしいようになる――活きて、動いて、笑い、憤りしていた一人の女性として在った自分の体が消滅し、この救われ難い心持の凝固だけが、例えば澱んだ重い瓦斯体のように空中に浮んでいそうな気がするのだ。事実そうなって仕舞わないから困る。さっきのように、まつが
『奥様、番町のお使いはおひるからに致しましょうか』
と云ってくれば、私は、一種の習慣と女性的本性の発露で、すばやく奥様らしくなり俄に現世的になって、
『お前の都合のいい時で結構だよ』
と優しく云う。彼女は、恭々しく去る。優しい奥様の一重奥の心に、どんな恐ろしい心持があり、それを如何那に苦しんでいるか知るまい。知るまい! 知るまい! と云う自暴的な荒々しい囁きが、私自身の意識にせき上げて来る。