Japanische Klassiker mit Furigana
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あねがわのかっせん
日本合戦譚
菊池 寛
Lesen Sie 日本合戦譚 (あねがわのかっせん) von 菊池 寛 (きくちかん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 154.771 Zeichen · 313 Bildschirme
剰放二火三千余町一焼失」(『大乗院寺社雑事記』)
加るに鎮圧に赴いた将士の部下が、却って一揆に参加して諸処に強奪を働いたと云う。
その乱脈思う可きである。
亦当時は博奕が非常に盛んであった。
武士など自分の甲冑、刀剣を質に置いてやった。勢い戦場には丸腰で、只鯨波の声の数だけに加わるような始末である。それも昂じて他人の財産を賭けて、争うに至ったと云う。つまり負けたらば、何処其処の寺には宝物が沢山あるから、それを奪って遣すべしと云ったやり方である。
こんな全く無政府的な世相に口火を切って、応仁の乱を捲き起したのが、実に細川山名二氏の勢力争いである。
元来室町幕府にあっては、斯波、畠山、細川の三家を三職と云い、相互に管領に任じて、幕府の中心勢力となって来た。此の中、斯波氏先ず衰え、次で畠山氏も凋落した。独り残るは細川氏であり、文安二年には細川勝元が管領になって居る。
一方山名氏は、新興勢力であって、持豊に至って鬱然として細川氏の一大敵国をなして来たのである。持豊は即ち薙髪して宗全と云う。性、剛腹頑陋、面長く顔赤き故を以て、世人これを赤入道と呼んだ。
『塵塚物語』