Japanische Klassiker mit Furigana
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あねがわのかっせん
日本合戦譚
菊池 寛
Lesen Sie 日本合戦譚 (あねがわのかっせん) von 菊池 寛 (きくちかん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 154.771 Zeichen · 313 Bildschirme
此の報を得た賊軍側は大いに駭き、細川顕氏に軍を率いしめ、八月十九日に大阪天王寺を出発せしめて居るが、彼は泉州に於ける優勢な楠勢にはとても敵せぬと、京都に報告して居る。小康を得て居た当時の京都の人心は為に恟々として畏怖動揺したとみえる。洞院公賢は其の日記に此の仔細を記して居るが、京都の諸寺一時に祈祷の声満つると云う有様であった。
然るに楠軍は一旦兵を河内に還して居る。そして九月九日に八尾城を攻撃し、十七日には河内の藤井寺附近に於て、大いに顕氏の軍を破り、正行は初陣の武名を挙げたのである。
『細々要記』に「京都より細川陸奥守以下数十人河内発向藤井寺に陣す。其夜正行等不意に寄せ来り合戦。京勢敗北死人数を知らず」とあるから、今や正行怖る可しと痛感したようだ。
次いで十一月二十六日、正行は和田助氏を先陣として住吉天王寺附近の敵を邀撃した。此の戦勝は圧倒的であり、したたかにやられた賊軍はすっかり、狼狽したらしい。彼等の記録に、「今夕討死、疵を蒙る輩数を知らず。以の外のことなり。之を為すこと如何」と放心の状である。
此の戦は霜月のことであるから、橋から落ちて流れる敵兵五百余人の姿は、惨澹たるものがあった。