Japanische Klassiker mit Furigana
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さいしゅうせんそうろん
最終戦争論・戦争史大観
石原 莞爾
Lesen Sie 最終戦争論・戦争史大観 (さいしゅうせんそうろん) von 石原 莞爾 (いしわらかんじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 154.783 Zeichen · 305 Bildschirme
それを参考までに大略申述べるとこんな事である。
(一)、「千仏寺胡同、この北京の北城の辺こそ、我ら日本人が誇りとしてよい地区なのである。
光緒二十六年、つまり明治三十三年の七月二十一日は各国連合軍が北京入城の日であった。日本軍は朝陽門より守備兵の抵抗を排除して先ず入城、順天府署に警務所を設け、当時公使館附武官であった柴五郎大佐が警務長官となった。
柴大佐は後の柴大将であるが、大将の恩威並び行なう善政は全く北京人をして感涙にむせばせたものであった。
柴長官は先ず安民公署という分署を東西北八胡同と西四牌楼北報子胡同の二個所に設け、布告を発して曰く、
『軍人の住民の宅に入りて捜査するを許さず、若し違反する者あらば住民はその面貌 等を記して告発す可し』
と。そして清刑部郎中・端華如等をしてその事務を処理させた。
当時の北京は各国軍がそれぞれ駐屯区域を定めていたのだが、日本軍駐屯の北城地域が最も平和で住民が安居し、ロシヤ、フランス、イギリス等の駐屯区域では兵隊が乱暴するので縊死するもの、井戸に投じ、焼死するものが続出し、そうした区域からの避難民は争って日本軍駐屯の北城区域へ避難して来た。