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Japanische Klassiker mit Furigana

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うたのえんじゃくするとき

歌の円寂する時

折口 信夫

Lesen Sie 歌の円寂する時 (うたのえんじゃくするとき) von 折口 信夫 (おりくちしのぶ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 13.623 Zeichen · 28 Bildschirme

Aozora Bunko

古典としての匂いが光被して、鹸や、脂気を変じて、人に迫る力としていることも、否まれない。

巌門破る手力もがも。嫋き女にしあれば、すべの知らなく

手持ノ女王

(万葉集巻三、四一九)

これは挽歌として、死霊を和める為の誇張した愛情である。

稲つけば、皸る我が手を 今宵もか 殿の若子がとりてなげかむ

(同巻十四、三四五九)

これが婢奴の独語とすれば、果して誰が聞き伝えたのであろう。これは必、劇的誇張を以て、共通のやるせなさを唆ろうとする叙事詩脈の物の断篇に違いない。こうした古代の歌から、我々が正しく見ることの出来るは、結局生活力の根強さだけと言うことになる。

万葉集による文芸復興

赤彦が教職を棄てて上京して以来の辛苦は、誠に『十年』である。而も其間に、酬いられ過ぎるほどに、世間は響応した。却て、世間が文芸復興に似た気運に向いていた処だから、「アララギ」の働きが、有力にとりこまれたもの、と見る方が正しいのかも知れぬ。子規以来の努力は、万葉びとの気魄を、今の心に生かそうとすることにあった。そうした「アララギ」歌風が――新詩社盛時には、我ひと共に思いもかけなかった程に――世間にとり容れられ、もてはやされた。