Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
げんのすけのいっしょう
源之助の一生
岡本 綺堂
Lesen Sie 源之助の一生 (げんのすけのいっしょう) von 岡本 綺堂 (おかもときどう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 3.444 Zeichen · 7 Bildschirme
即ち彼が二十四歳の冬より三十三歳の夏に至る若盛りであった。
今日では劇界の情勢も変って、このくらいの年配の俳優は、いわゆる青年俳優として取扱われ、大舞台の上に十分活躍するの機会を恵まれない傾向があるが、明治の中期まではそんな事はなかった。青年俳優でも何でも相当の技倆ある者は大舞台に活躍する事を許されていた。その点に於て、青年時代の源之助は大いに恵まれていたともいい得るかも知れない。
江戸末期より明治の初年に亘って、名女形として知られた八代目岩井半四郎は、明治十五年二月、五十四歳を以て世を去った。源之助がその年の冬、四代目源之助を襲名したのも、彼を以て半四郎の候補者とする劇場側の意図であったらしい。たとい半四郎には及ばずとも、その容貌も美しく、音声も美しい源之助が、半四郎の後継者と認められたのは当然であった。果してその後の彼はメキメキと昇進した。まだ二十代の青年俳優が団十郎、菊五郎、左団次らの諸名優を相手にして、事実上の立おやまに成り済ましたのである。
その当時、他にも相当の女形がないではなかったが、源之助の人気は群を抜いていた。いわゆる伝法肌で気品のある役には不適当であるといわれたが、それでもあらゆる役々を引受けて、団菊左と同じ舞台に立っていた。