Japanische Klassiker mit Furigana
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げんだいちゃじんひはん
現代茶人批判
北大路 魯山人
Lesen Sie 現代茶人批判 (げんだいちゃじんひはん) von 北大路 魯山人 (きたおおじろさんじん) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 8.554 Zeichen · 17 Bildschirme
真剣に芸道から眺めている者からは、我慢の出来かねる存在であって、人間離れした猿じゃないかとさえ思われるばかりである。よくいう思い上がるということ、それはこんなことを指すのではないかと思えてならないくらいである。善い金の使い方をしていながら悪い金の使い方に終わっているようである。この種の人たちは時に猿になって芝居をしているかであり、天狗の化身になってさまざまと鼻の先にありたけをぶらさげているかであり、これが現代茶人の不可解きわまる典型だという人もある程である。これをみてなにがなにやらさっぱり腑に落ち兼ねているのが現代社会知識層の大多数である。そしてこの両者は勝負なしの角力を大分永々と続けている。いつ勝負の日が来ることか、この間、右に縫い左に抜け、とも倒れらしく見られる。そこで一番うまくやっているであろうことが考えられるのは、茶道具の売り買いを念頭におき、四六時中憂き身をやつしている者たちである。道具の売り買いする者はあえて道具屋とは一概にかぎってはいない。買い手と見てとれる者、時には売り手に身をかわしている場合も少なしとしない。どこまでが道具屋で、どこまでが買い手かは朦朧たる有様で、真茶人という人格者は、どこにひそみおるかが未だ明白でない。