Japanische Klassiker mit Furigana
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わたしのあったゴーリキイ
私の会ったゴーリキイ
宮本 百合子
Lesen Sie 私の会ったゴーリキイ (わたしのあったゴーリキイ) von 宮本 百合子 (みやもとゆりこ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 5.457 Zeichen · 11 Bildschirme
う。
昔から偉大な作家の例としてひかれるのは、シェークスピアであり、ゲエテである。しかし、シェークスピアは或る時代あれだけの演劇的活動をやったが、彼を贔屓にしたエリザベス女王が亡くなると、前から心がけよくためておいた貯金と土地と家とをもって、昔かれが若く貧乏であった時、領主の鹿を売ったということでいたたまらなくした故郷の村に帰って、楽隠居の生涯をおくった。またゲエテはあれほどの大きな才能の所有者であったが、晩年はフランス革命に対してそれを嘲笑する詩をかいた。
だが、ゴーリキイはこれらの人々とは全くちがう晩年をおくった。かれが一九三二年の文学生活四十年祝祭を記念として、ついに大衆の党の組織に結びつけられたこと、それから後の四年間にゴーリキイがおこなった文化・文学的活動のひろいこと、確信にみちていること、若々しい新社会への期待と愛に輝いていることはどうであろう!
ゴーリキイはシェークスピア、ゲエテなどと決定的にその本質を異にした完成をとげた。一八九〇年代のロシア文壇に初めて大衆の中に蔵されている人間的精力、文学的能力の可能性の強大さを印象づけながら立ちあらわれたゴーリキイは重苦しい反動時代、かれにとっていろいろの点で理解が困難な点をもふくんでいた「一九一七年」