Japanische Klassiker mit Furigana
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じさくしょうぞうまんだん
自作肖像漫談
高村 光太郎
Lesen Sie 自作肖像漫談 (じさくしょうぞうまんだん) von 高村 光太郎 (たかむらこうたろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 4.162 Zeichen · 9 Bildschirme
私はその頃の数年間家事の雑務と看病とに追われて彫刻も作らず、詩もまとまらず、全くの空白時代を過した。私自身がよく狂気しなかったと思う。其時世人は私が彫刻や詩作に怠けていると評した。やがて智恵子を病院に入れてから、朝夕智恵子の病状に気を引かれながらも少しずつ製作が出来るようになり、父の一周忌にその胸像を完成した。それから九代目団十郎の首を作りはじめたが、九分通り出来上るのと、智恵子の死とが一緒に来た。団十郎の首の粘土は乾いてひび割れてしまった。今もそのままになっているが、これはもう一度必ず作り直す気でいる。西蔵学者河口慧海先生の首や坐像を記録的に作ったのもその頃である。今年はお許を得て木暮理太郎先生の肖像にかかりはじめているが未完成の事だから多くを語り得ない。
彫刻家生活をつづけて居て、今最も残念に思うのは、西園寺公の肖像を作る機会を逸してしまった事である。父の生きているうちなら何とか方法もあったと思うのに、今となっては老公も亦年をとられてしまったし、又一介の在野の彫刻家としての私にはどうする事も出来ない次第である。政治家の面貌を見て彫刻的昂奮を感ずる事はめったにないのだが、西園寺公だけは以前から作りたかった。