Japanische Klassiker mit Furigana
ja-reading.com
Lesen Sie japanische Klassiker online mit Furigana. Filtern Sie nach JLPT-Niveau, tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung und übersetzen Sie einen Satz.
ひょうげんろんずいひつ
表現論随筆
豊島 与志雄
Lesen Sie 表現論随筆 (ひょうげんろんずいひつ) von 豊島 与志雄 (とよしまよしお) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 2.259 Zeichen · 5 Bildschirme
最も純粋無垢な客観的表現は、童話の世界にあるように思われる。ただ具体それ自身の面白さのために、具体的な認識がそこに行われる。
大勢の子供が集って、蝸牛の這うのを見ていた。頭を長く差伸し、二本の角をふり立て、大きな殻を背負い、銀色の跡を残しながら、垣根の枯竹の上を這ってゆく。
「蝸牛が這ってるよ!」
それだけが子供達の認識である。
蝸牛は何のために這ってるのか。何を求めて、或は何を逃げて、這ってるのか。どこからどこへ這ってるのか。……そういう事柄は凡て、蝸牛が這ってる姿の面白さを害するばかりである。そういう事柄と結びつけられる時、子供達の享楽は薄らいでゆく。
朽ちかかった竹、その上を這ってる蝸牛、それだけを拡大鏡的にぽっかり浮き出させるところに、童話の世界の真髄がある。其他のことは、物語を組立てる上の余儀ない些事に過ぎない。
子供の眼は、具体にだけ止まる。それが大人の眼になると、具体以上のものにまで及んでゆく。
講談本を読むと、剣客物などで、一流一派に秀でたその道の達人は、如何に腰の曲ったよぼよぼの老人でも、一度剣や木刀を手にする時には、腰は伸び足は大地に根を下し、人の肺腑を貫く気合の声が出る。