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Japanische Klassiker mit Furigana

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しんらん

親鸞

三木 清

Lesen Sie 親鸞 (しんらん) von 三木 清 (みききよし) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.

N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 36.550 Zeichen · 73 Bildschirme

Aozora Bunko

かくて道綽は、右に記したごとく五期の五百年を区分した後、「今の時の衆生をはかるに、すなはち仏、世を去りてのちの第四の五百年にあたれり」といって、その時代がまさに末法に入っていることを記している。また『末法燈明記』の著者は、正法五百年像法一千年の後は末法に属すると述べた後、「問ふ、もししからば今の世はまさしくいづれの時にかあたれるや。答ふ、滅後の年代おほくの説ありといへども、しばらく両説をあぐ。一には法上師等、周異記によりていはく、仏、第五の主、穆王満五十三年壬申にあたりて入滅したまふ。もしこの説によらば、その壬申よりわが延暦二十年辛巳にいたるまで、一千七百五十歳なり。二には費長房等、魯の春秋によらば、仏、周の第二十の主、匡王班四年壬子にあたりて入滅したまふ。もしこの説によらば、その壬子よりわが延暦二十年辛巳にいたるまで一千四百十歳なり。かるがゆへに今の時のごときはこれ最末の時なり。かの時の行事すでに末法に同ぜり。」と論じている。そして親鸞は第一の説によって現在(元仁元年)を算定していう、「三時教を按ずれば、如来般涅槃の時代をかんがふるに、周の第五の主穆王五十三年壬申にあたれり。